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東京五輪・パラリンピックを支えた「11万人のボランティア」——その実態は、10日以上の無償労働、自費での移動・食事、厳しい守秘義務という苛烈な条件だった。元NHKプロデューサー・本間龍が五輪の商業的実態を暴いた『ブラックボランティア』は、スポーツの祭典の美談の裏に何があるかを告発した問題作だ。ボランティアという美しい言葉の下に隠れた、組織的な「タダ働き」の構造を知ることは、現代の労働問題を考える上でも欠かせない視点となっている。
Contents
スポンサー収入4000億円の祭典で、なぜ無償労働が必要なのか
本間が最初に提示するのは、数字の矛盾だ。東京五輪の組織委員会はスポンサー収入だけで約4000億円を集め、NHKと民放各社から莫大な放映権料を受け取った。それだけの収益を上げながら、実際の運営の最前線は無償のボランティアが担う——この矛盾は意図的なコスト削減だと本間は指摘する。IOCとJOCが定める「ボランティアファースト」原則のもと、有償スタッフの枠を最小限に抑え、熱意ある市民の善意を最大限に利用するビジネスモデルが定着している。本間はその構造を「搾取」と呼ぶことをためらわない。夏の猛暑の中での屋外ボランティアは熱中症リスクが高く、実際に体調を崩した参加者も出た。「感動をありがとう」という言葉が、無償労働の対価として機能しているという批判は、感情論ではなく労働経済学の問題だ。
NHK出身者が内側から告発する——メディアと五輪の共犯関係
本書のもう一つの柱は、メディアと五輪組織の癒着だ。NHKと民放各社は放映権料を支払うことで五輪の「公式放送局」となり、批判的報道を自粛する誘因を持つ。本間はNHK在職中の経験から、「五輪を批判する報道はあり得なかった」という内部証言をする。放映権料を払っているメディアが五輪の問題点を報じれば、自らの「投資」を否定することになる——この利益相反構造がジャーナリズムの機能不全をもたらす。本間が特に問題視するのは、ボランティアの劣悪な条件を報じることすら「水を差す」と自粛されたことだ。市民の善意を利用した搾取構造が、メディアの自主規制によって可視化されないまま進行した。この批判は五輪だけでなく、スポーツイベント全般、さらにはボランティアを使うあらゆる組織の問題に通じる。
「ボランティア」という言葉の魔法——善意の搾取はなぜ正当化されるのか
本間が指摘する最も本質的な問題は、「ボランティア」という言葉が持つ魔術的な効力だ。ボランティアと言われた瞬間、参加者は労働者ではなく「善意の参加者」として位置づけられ、劣悪な条件への不満を言いにくい雰囲気が生まれる。「文句を言うのは参加の精神に反する」という暗黙の圧力が、問題を見えにくくする。本間はこれを「善意の利用」と呼ぶ。この構造は五輪に限らない——NGOのボランティア活動、地域イベント、大学の学生スタッフなど、あらゆる「やりがい搾取」の場面で同じ論理が機能する。本書を読んだ後、「ボランティアを募集します」という言葉を以前と同じように聞くことはできなくなる。それが本書の最大の効用だ。
五輪後の日本に残ったもの——問われる市民社会のあり方
東京五輪が終わり、巨額のコストと汚職の実態が次々と明らかになった。談合事件、関係者の逮捕、際限なく膨らんだ運営費——本間が予告していた問題の多くが現実となった。五輪は「日本の底力」を示したのか、それとも市民の善意と税金を消費した祭典だったのか。本間は後者の見立てを崩さないが、同時に、ボランティアとして参加した11万人の経験を否定するつもりもないと言う。問題は個人の参加動機ではなく、そのエネルギーを正当に評価しない組織の構造にある。スポーツイベントの商業化、ボランティアの法的保護、メディアの独立性——本書が問いかけるテーマは、日本社会が今まさに直面している課題と重なる。



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