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『サピエンス全史』で人類の「これまで」を鮮やかに描いたユヴァル・ノア・ハラリ。その続編ともいえる本書『ホモ・デウス』が見据えるのは、人類の「これから」だ。飢饉・疫病・戦争をほぼ克服した私たちは、次に何を目指すのか——。読み終えたとき、便利になっていく日常への見方が静かに変わっていた一冊を紹介する。
Contents
本の概要 ─ 『サピエンス全史』の”未来編”
『サピエンス全史』が「人類はどこから来たのか」という過去を描いた本だとすれば、本書『ホモ・デウス』は「人類はどこへ向かうのか」という未来を描く、いわば続編だ。著者によれば、人類は長らく人類を苦しめてきた三大問題——飢饉・疫病・戦争——を、歴史上はじめて克服しつつある。すると次に人類が掲げる目標は、不死・幸福・神性の獲得になる。生物学的な限界を超え、自らを「ホモ・デウス(神のヒト)」へとアップグレードしようとする——それが本書の骨子である。
過去編にあたる『サピエンス全史』の書評はこちら。先に読んでおくと、本書が見据える射程の大きさがいっそう鮮明になる。「過去編→未来編」と続けて読むのがおすすめだ。
読んでみた感想
①「データ教(データイズム)」── 人間至上主義からアルゴリズム信仰へ
本書でいちばん背筋が伸びたのが、この「データ教」というキーワードだ。近代を支えてきたのは「人間の感情や選択こそが最高の権威だ」とする人間至上主義だった。自分の心に従え、有権者がいちばんよく知っている、顧客はつねに正しい——どれも人間の内なる声を信頼する発想である。ところが本書は、その権威が静かにアルゴリズムへと移りつつあると指摘する。
音楽はアプリのおすすめで聴き、行き先はナビが決め、健康は数値が管理する。「自分で選んでいる」つもりが、いつのまにか「データに選んでもらっている」。気づけば私たち自身、すでにデータ教の信者になりかけている——そう突きつけられて、スマホを置く手が一瞬止まった。
②不死・幸福・神性 ── 人類の新しい”目標”
飢饉・疫病・戦争という「古い敵」を抑え込んだ人類は、次の標的として死そのものに挑み始めている、と著者は言う。老化を病気として治療し、幸福を化学的にコントロールし、最終的には創造する側=神の領域へ手を伸ばす。荒唐無稽に聞こえるが、延命医療や抗うつ薬、遺伝子編集の現在地を思えば、その延長線上にある話だと気づかされる。
面白いのは、これが一部の権力者の野望ではなく、私たちの「もっと健康に、もっと幸せに」という日常的な願いの積み重ねとして描かれている点だ。誰も悪意なく、しかし確実に、人類は自らを神へとアップグレードしようとしている。
③アップグレードできる者と、取り残される者
そして本書がいちばん重く問いかけるのが、この格差の問題だ。不死や能力拡張の技術が現実になったとき、それは万人に等しく配られるのか。歴史を振り返れば、新しい力はつねに一部の層から普及してきた。もし「アップグレードされた少数」と「されないままの多数」に人類が分かれてしまえば、それはもはや貧富の差ではなく、生物としての種の差になりかねない。
テクノロジーの進歩を素直に喜んでいた自分に、「その恩恵は誰のものか?」という問いが残った。便利さの話で終わらせず、ここまで射程を伸ばすのがハラリの怖いところであり、本書を読む価値だと思う。
まとめ
『ホモ・デウス』は、未来予測の本というより、「いま私たちが何を信じ、何を目指して生きているのか」を映し出す鏡のような一冊だった。データに判断を委ね、健康と幸福を追い求める日常の延長に、神になろうとする人類の姿がある。答えを与える本ではないが、自分の毎日の選択を少し立ち止まって眺めたくなる。『サピエンス全史』を「面白い」で終わらせた人にこそ、続けて読んでほしい未来編だ。
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